屋上で話をする看護師の男女

1.ターミナル期の看護の位置づけの変化

ターミナルケアとは、単に「死期が近い患者に対する医療的対応」を意味するものではない。近年では、「人生の最終段階におけるケア(End of Life Care)」という概念が広く用いられ、そこでは治癒を目的とした医療モデルから、生活・人生・尊厳を重視するケアモデルへの転換が進んでいる。

この転換において、看護師は中心的な役割を担う専門職である。なぜなら、看護師は患者の生活世界に最も近い位置に存在し、身体的ケアのみならず、心理的・社会的・倫理的側面に継続的に関与できる存在だからである。

このような社会的模索と看護師の専門職的模索の答えの一つが、共創的ターミナルケアという考え方で、2010年に国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学一般社団法人知識環境研究会が共同研究の成果として発表した新しい「人生の最終段階」におけるケアのあり方を提示したものである。この考え方を実践するための資格としてターミナルケア指導者が育成されている。

2.日常的な全身管理と苦痛緩和という基盤的役割

2-1.症状マネジメントと緩和ケア

ターミナル期において看護師が果たす最も基本的かつ重要な役割は、日常的な全身状態の観察と苦痛の緩和である。疼痛、呼吸困難、倦怠感、不安、嘔気・嘔吐といった症状は、患者のQOLを著しく低下させる。

看護師は、患者の表情、姿勢、言葉の変化といった微細なサインを通じて苦痛を察知し、医師と連携しながら適切な緩和ケアにつなげる役割を担う。特に、患者が自ら苦痛を訴えにくい状況では、看護師の観察力と判断力がQOLを左右する。

2-2.皮膚ケア・排泄ケアの尊厳的意義

褥瘡予防や皮膚の清潔保持、排泄ケアは、一見すると日常的で地味なケアに見える。しかし、これらは患者の尊厳を守る上で極めて重要な意味を持つ。

排泄の失敗や皮膚トラブルは、患者に強い羞恥心や自己否定感をもたらすことがある。看護師は単なる「処置」としてではなく、「その人らしさを保つケア」として、丁寧かつ配慮ある対応を行う必要がある。

3.患者・家族への精神的サポート

3-1.不安と恐怖に寄り添う存在としての看護師

ターミナル期の患者は、身体的苦痛だけでなく、「死への恐怖」「家族を残す不安」「人生の意味への問い」といった深い心理的葛藤を抱える。こうした思いは、必ずしも言語化されるとは限らない。

看護師は、日常的な関わりの中で患者の沈黙やつぶやきを受け止め、「答えを出す存在」ではなく「共に考え、共に揺れる存在」として寄り添うことが求められる。この姿勢こそが、終末期看護における専門性の核心である。

3-2.家族へのグリーフケアと予期悲嘆への支援

家族もまた、患者の死に向き合う過程で深い心理的負担を抱える。看護師は、家族の不安や葛藤、罪悪感、怒りといった感情を否定せずに受け止め、喪失に向き合うプロセスを支援する。

特に、死別前から始まる「予期悲嘆」に対する支援は重要であり、家族が「できることをやり切った」と感じられるような関わりが、その後のグリーフの質を大きく左右する。

4.医師との橋渡しと意思決定支援

4-1.医療情報と生活価値の翻訳者として

看護師は、医師と患者・家族の間に立ち、医療情報を生活の言葉に翻訳する役割を担う。治療方針や予後についての説明は、医学的には正確であっても、患者や家族の価値観と結びつかなければ意味を持たない。

看護師は、「この治療がこの人の生活にどのような影響を与えるのか」という視点で情報を整理し、患者・家族が自ら選択できるよう支援する。

4-2.延命治療をめぐる倫理的調整

延命治療を続けるかどうかという問題は、医学的判断だけでなく、倫理的・文化的・個人的価値観が深く関与する。看護師は、患者の尊厳を守る立場から、苦痛緩和を優先したケアの選択肢を提示し、対話を支える調整役となる。

ここで重要なのは、「正解」を押し付けることではなく、患者と家族が納得のいく選択に至るプロセスを支えることである。

5.最期の時間を整えるケア

5-1.環境調整と「その人らしさ」の尊重

ターミナル期のケアでは、環境調整が患者の安らぎに大きく影響する。好きな音楽を流す、照明を調整する、家族がそばにいられる空間を整えるといった配慮は、医学的処置以上に意味を持つことがある。

看護師は、患者の人生史や価値観を踏まえ、「その人らしい最期」を具体的な形として実現する役割を担う。

5-2.看取りの瞬間の支援

看取りの場面では、看護師は技術的サポートと同時に、精神的支柱としての役割を果たす。家族が動揺する中で、静かに状況を説明し、別れの時間を尊重する関わりが求められる。

この瞬間の関わりは、家族の人生に長く刻まれる記憶となるため、看護師の存在は極めて重要である。

6.多様性を反映した「人生の最終段階」ケアへの展望

今後の終末期ケアでは、家族形態、宗教観、文化背景、ジェンダー、価値観の多様性を前提とした看護が不可欠となる。画一的な「良い最期」像は存在せず、個別性の尊重がこれまで以上に重要になる。

看護師は、こうした多様性を受け止める感受性と倫理的判断力を備えた専門職として、医療と社会をつなぐ存在となることが期待されている。

7.ターミナルケアにおける看護師の本質的役割

ターミナルケアにおいて看護師だからこそできることは、単なる医療処置ではない。それは、「患者や家族に最も近い存在として、身体的・精神的・倫理的な側面を統合的に支えること」である。

人生の最終段階における看護とは、「生き切ること」を支える営みであり、その中心に立つ看護師の役割は、今後ますます重要性を増していくであろう。