日本の葬制は、古来より多層的な宗教観と社会的慣習が融合しながら形成されてきた。その中核をなすのが「お通夜」「葬儀(葬儀式)」「告別式」という三つの式典である。それぞれには固有の定義と目的があり、また時代や社会構造の変化に応じて姿を変えてきた。
1.お通夜
お通夜は、故人が亡くなった翌日または当日の夜に営まれる儀式であり、故人の枕元に近親者が集まり、一夜を共にして冥福を祈る行事である。定義的には「死者の霊を見守り、弔問を受ける場」とされる。目的は、遺族が故人と最後の時間を過ごすとともに、親族や友人が死を受け止める契機をつくる点にある。文化的には、古代の「殯(もがり)」に由来し、死者を一定期間留めて共同体が別れの準備を整える慣習とつながっている。近世以降、仏教儀礼として僧侶が読経する形が普及し、現代では弔問客を広く受け入れる「通夜式」として定着した。
2.葬儀(葬儀式)
葬儀とは、死者を仏・神・祖霊へと移行させる宗教的中心儀礼である。仏式では僧侶が読経し、戒名を授け、死者を来世へ導くことが主眼とされる。定義的には「死者を宗教的に弔い、成仏・霊化を祈念する式典」であり、目的は死者の魂を安らかに送り出すと同時に、遺族に死の意味を受容させることにある。文化的意義として、共同体が死者を忌みから祖先へと移行させる過程を示す点が重要である。歴史的には、平安期に貴族社会で仏式の葬送が制度化され、江戸時代には寺檀制度の下で庶民の生活にも組み込まれた。
3.告別式
告別式は、故人と社会との別れを象徴する儀式である。定義的には「縁故者や社会的関係者が故人に最後の別れを告げる場」とされ、目的は宗教儀礼とは別に、社会的・世俗的な farewell を実現することである。明治以降、近代国家体制のもとで近代葬儀の形式が整備され、特に大正期から昭和初期にかけて、都市部を中心に葬儀と告別式が分化した。例えば、葬儀は宗教者が執行する宗教儀礼、告別式は一般弔問客が参列する社会的儀礼という役割分担が成立したのである。
4.三者の差異と宗教的関係
この三者の大きな差異は、宗教性と社会性の度合いにある。お通夜は死者を見守る宗教的かつ共同体的儀礼、葬儀は宗教的救済と祖霊化を担う核心儀礼、告別式は社会的ネットワークの中での別れを担う儀礼である。仏教が日本葬制の中心を担いつつも、神道や民俗信仰も影響を与えてきた。神式では通夜祭・葬場祭、キリスト教式では前夜祭・告別式といった形でそれぞれ独自の展開が見られる。
5.戦後の変化と核家族化
戦後、とりわけ高度経済成長期以降、日本社会の葬制は大きな変容を遂げた。第一に、核家族化と都市化により、葬儀は地域共同体から切り離され、葬儀社によるサービス化・標準化が進んだ。かつては自宅や寺で営まれていたお通夜や葬儀も、斎場や葬祭ホールで行われるのが一般的となった。第二に、弔問客の多さよりも遺族の負担軽減が重視され、通夜は「通夜ぶるまい」を伴う社交的場から、簡素化した通夜式へと変化した。第三に、告別式も縮小され、近年では「家族葬」や「一日葬」によって省略される傾向すらある。
個人化が進む現代社会では、死者と向き合う儀礼の形式は縮小しているが、その一方で、故人の個性を尊重する「オリジナル葬」や、オンラインで参列できる葬儀のように、新しい形の告別が模索されている。つまり戦後以降の葬制変化は、儀礼の簡素化と同時に、死者を悼む意味を個別化・多様化させた過程といえる。
6.まとめ
日本の葬制において、お通夜・葬儀・告別式はそれぞれ異なる役割を担いながら、死者と遺族、共同体、社会をつなぐ重要な儀礼として発展してきた。歴史的には宗教儀礼として成立したが、近代以降は社会的意味を帯び、戦後には核家族化・個人化により縮小や変容が進んだ。それでもなお、死者を悼む心を形にする営みとして、これらの式典は現代社会においても不可欠な位置を占めているのである。